M&Aでは、最終局面でブレイクすることがあります。
基本合意も買収監査も乗り越えて、最終契約予定日の1週間ぐらい前にブレイクするような場合です。このようなケースの原因の多くは「価値観」の相違です。
大企業のM&Aと違い、中小企業のM&Aでは理論的な企業価値判断以上に、「社長の個人的な価値観」の合致が重要なテーマになることがあります。
ケース1 地域での名誉
地方(地域社会)では、従業員30名ぐらいの製造業や、老舗旅館、50床の病院、などの経営者は地元の超名士です。譲渡側の経営者は、地元での名声や立場や尊厳を気にします。そうではない立場の者からすると、譲渡後の役職として「顧問」も「最高顧問」も「会長」も大して変わりません。
しかし、地域の名士の引退の美学としては、この辺に大きなこだわりがあるのです。発表の仕方に関しても必要以上に気を使わなければ買収後のPMIで上手くいきません。
名誉が守られないと判断した場合は、ハッピーリタイアと多額の創業者利得を棒に振ってもブレイクさせることがあります。
ケース2 業種別のプライド
製造業の社長は、工場に命を掛けています。
治具ひとつとっても、20年〜30年の改善の結果生まれたものです。
ところが、譲受け企業が製造業でない場合、このあたりの価値観がわかりません。
サービス業から見たら治具など、きれいとはいえない古びた道具に過ぎなかったりします。
製造業の譲渡企業の社長の場合、最後の最後に「物作りの気持ちがわかってくれていない。工場が守れない。」ということで破談になるケースがあります。
同じように、飲食業には料理人の心意気、印刷業には美意識、医療関係には社会的使命感、販売会社には営業マンのプライド、などがあります。
そうならないためには、互いの価値観、美学などを理解する気持ちが重要です。
ケース3 株価や条件
株価や条件、特に従業員への処遇等は経営者の生き様、価値観が大きく表れるところです。
- 世話になった役員へ特別退職金を支給したい
- 赤字企業だがリストラしてほしくない(地方では再雇用の機会が余りない)
- 継続雇用と雇用条件の引継ぎをお願いしたい
- 譲受け企業から派遣される役員のプロフィールや人数に抵抗を感じる
従業員のことを本当に考えている譲渡企業の社長との交渉は手間がかかりますが、買収後に成功する確率が高いと思います。
中小企業は、「人ありき」だからです。
「価値観を理解し合うこと」はM&Aを成約させるために非常に重要なことですが、買収後に成功して両社がハッピーになるためにはさらに大切なことといえます。
譲受け企業が譲渡企業の「価値観を理解してあげる」ことは、実は自分自身のためなのです。